ヒビムシ 4-04

九頭竜湖:キクキンウワバ

沢田佳久

 とにかく今日中にソレ用のファイルを”立てる”ところまでやらねばならない.自主的な締め切りを,一応,設定してしまったので,その期日に縛られた感じになっている.
 じつは先週の水曜日から放浪に出て,日曜日の今夜もまだうろついている.福井〜岐阜〜富山あたりの森を物色しつつ,夕方からはスーパーの半額見切り品とスーパー銭湯と車中泊で過ごしているのだ.ただ今夜,18日は執筆環境ということで,ネットで見つけた「訳あり」の部屋に泊まることにした.少なくとも電源を気にせず,机でキーボードを打てる環境である.いろいろ巡ったので,それぞれの地で書きたいことはあるのだが,ここでは15日の九頭竜湖上流の「荷暮」なる集落付近と「油坂峠」の辺りのことを書くことにする.

 前日も九頭竜湖付近を動き回り,幾つかの谷や峠や集落を散策したのだが,無計画に移動しすぎた.秋の風情は満喫できたが,あまり虫を見られなかった.道の駅で夜を明かすと,灯火に来て居残っている蛾が少しいたので撮影した.クスサンやウスバツバメエダシャクなど大物のみ,建物の壁ではアレなので植栽された木の幹に止まらせる.
 ここ数年,電灯がかつての蛍光灯からLEDへどんどん置き換わっている.サービスエリアや道の駅などは特にその変化が顕著である.昔はそういった場所には虫が大量に誘引されたものだが,そんな時代は終わりかけている.

 明け方はうす曇りだったが,低い雲が消えると快晴になった.昨日気になった谷に行ってみることにした.九頭竜湖のシッポに,けっこう有名な「箱ヶ瀬橋」というのがある.瀬戸大橋の原型となった橋だという.国道158号からその橋を渡って右に折れると伊勢峠を越えて笹生ダム方面へ通じている.一方,橋を渡った所から左へ折れると荷暮の集落に行く.それで終わりである.連日秋晴れのせいか,「そこで終わり」な集落も,だからこそ桃園郷にみえてくる.たぶん過疎化や高齢化や,実際には町に出てるとか,いろいろあるのだろうが,それでも山や田圃の世話をし,木を切り出し,庭先に花を植えている人々が確実に居るのである.行政区分でいうと,ここも福井県大野市.
 荷暮の奥の,森が暗くなるあたりまで行って引き返し,集落の周辺というか縁というか,ヨソモノが何かしてるぞ感知圏内(だろうなとこちらが意識している範囲内)に車を停めてカメラを携えて付近を散策した.

 強い朝日の当たっている場所は陰影が激しく,写真が撮り難い.なるべく陰になっていて,青空から光が来ている場所をえらんで見て歩いた.路傍の草はまだ夜露に濡れているものの,気温の上昇で活動を開始した虫が現れだした.キク科の白や黄色の花とシソ科の紫の花が咲いていて,それに虫が来はじめた.どんどん昼になっていく感じがする.
 白い花のハナアブの類いは数種類区別できるが,どれもよく見る種類のようだし落ち着きなく動きまわるしで,なるべくパスする.つもりがキゴシハナアブの奇妙な目を見ると普通種と分かりつつ撮ってしまう.
 ところが一匹だけ,変なのを見つけた.黒っぽくて黄縞の鮮やかな腰の細いやつだ.樹液でときどき見かけるハチモドキハナアブと似た感じだがかなり小型.その個体を集中的に追って撮った.が,あまり撮れてない.ピントはずれだったり露出過不足だったり.そして,すぐに居なくなってしまった.が,少しは撮れた.あとで調べると,これはどうやらジョウザンメバエだったらしい.


ジョウザンメバエ 立体写真の見方

 神出鬼没の蛾にも遭った.キクキンウワバである.ものすごい勢いでやって来て,けたたましく羽ばたきながら花から花へと飛び回り.あっという間に飛び去っていった.数回だけ花に止まったが,その間も翅を動かし続け,閉じることはなかった.


キクキンウワバ 立体写真の見方

 金色の模様が美しい.まったくおかしな蛾だ.キクキンウワバは,分類上はヤガ科に含まれる,普通に蛾な蛾のはずである.黒赤褐色,茶色っぽい翅に金色の大きな紋がある.その金紋は前翅の先のほう,決して隠れない部分にあって,せっかくのカモフラージュをぶち壊す派手なアレンジ,に思える.
 静止すると閉じた翅は筒状になる.金紋は丸出しである.しかしその金色部分を含めて全体が丸まって破れた枯葉のように見える.派手な紋が外形を分断した感じに見せて概形をごまかしているようなのだ.
 そして,一見夜行性に思える隠蔽的な姿に反して,けっこう昼行性で,激しく花を巡って吸蜜するのである.その動きは敏捷であり,虫を狙う動物たちにとって対処しにくい相手だろう.飛行中の金紋はその事をアピールするかのように煌いているのである.
 以前(夏編第三回),蛾的/蝶的について考えた.簡単にいうと,蛾的か蝶的かは,系統発生や分類体系とは別の,生きザマの違いなのである.その考え方からすると,キクキンウワバに蝶的な特徴は見当たらない,蝶のような蛾,ではない.昼行性の部分は蝶らしくない方法で強行突破しているように思える.これは前回(秋編第三回)書いたホウジャクの仲間も同様かもしれない.

 蛾としてはほかに,花にビロードナミシャク(シャクガ科)が来ていた.白い半透明の蛾を何回か見かけた,ホシベッコウカギバ(カギバ科)だと思う.緑色のヒメカギバアオシャク(シャクガ科)も羽化してまもないと思われる個体を撮影.


ツノアオカメムシ 立体写真の見方

 かっこいい虫としては,ツノアオカメムシと二回遭遇.ツノカメの王者みたいな感じの虫だ.ただ,一匹目は後脚を欠いているようだし,前胸のほぼ対称な位置に白い点があった.ダニのようだ.怪我のせいが,部分的に輝きの緑が青っぽくなっている.何か痛々しいなぁと思いつつ,いろんな角度で撮影した.しばらくするとまた別の個体.こんどは前胸に点はない.まぁこっちが普通なのだろうが,右前翅をやられていて変色している.
 セグロヒメツノカメムシも数個体みた.中に小盾板の中央部分が黒いハート印になってる個体がいて,なかなかのヒットだと思った.白ハートが特徴のエサキモンキツノカメムシという種がいるが,それと対照的なので,なかなかのヒット,なのである.

 イナゴやフキバッタやイナゴモドキ,ヒナバッタといった類いが何種類もいて,色といい翅の長さといい,ややこしい.なるべく交尾しているペアを撮影しておく.昨日から峠にはフキバッタが多く,谷にはイナゴ,平らな地面がある場所ではイナゴモドキやヒナバッタという感じがしている.この場所には翅の長いやつがいたので,撮影後,手づかみして裏側をチェックしておく.ハネナガフキバッタもイナゴモドキもいる.ハネナガイナゴはいないようだ.

 道の上に見事な糞があった.これもトグロというのだろうか,均質な素材でできており,幾つかの塊を圧縮してつなげたかのような形状だ.我々人類の作品に似ている.ツルンと出たときのバージョンに似ている.
 そういえば,この集落へくる途中,サルの群れが居て,こちらも向こうも驚いた.今思うと,彼らは路面に落ちた栗を拾っていたのではないか? 林の中よりも路上のほうがずっと効率がいいだろう.なるほどな,と,思った.折角なのでその作品を撮影しようと,どの角度からが良いかなと,思って覗き込むと,フンバエが止まっているのがわかった.糞にフンバエ,すばらしい.撮影し終えてすぐ,一台のトラックが通り,糞は見事に轢かれた.
 あとで調べるとキアシフンバエのようだ.フンバエは糞を食べるというよりは糞に来る虫を捕らえて食べたり,糞を配偶行動のランドマークとして利用している可能性もありそうだという.これまでそのような観点から彼らを見たことがなかった.面白いことをいろいろと見逃していたんだと思う.

 箱ヶ瀬橋まで戻る途中,何度か車を停めて風景を撮影した.様々な樹種がそれぞれに色づき始めた渓流の秋である.多くの他の川では人工物やゴミを避けて撮るのに苦労するのだが,この川ではそういった事がなかった.
 橋の辺りでは電波があったので宿を検索した.飛騨高山のスーパー銭湯に安く泊まれるようだ.
 橋を撮影して国道を高山方面に向かう.普通に走ると高速道路の無料区間に入ってしまい,峠を越えずにトンネルを通って麓まで降りてしまった.旧道を油坂峠まで戻った.と言ってもここも短めのトンネルである.

 その西側の林道を歩くと,やはり普通に翅の短いフキバッタが多かった.フキバッタの類いは「〜バッタ」の名で呼ばれるが,イナゴの仲間に含まれる.そしてフキバッタ類はふつう,翅が短く飛翔できない.その一群にあっての例外がハネナガフキバッタ,翅が長くて飛べる変りダネである.
 この林道にもイナゴモドキがいたが,岩が崩れた場所で見つけた翅の長いペアはハネナガフキバッタだった.重なった二匹を上から覗き込むと後脚の模様が目立つ.♀は右後脚を失っているが,普段なら跳躍&飛翔で容易に逃げられるのだろう.しかし今は不可能だ.♀は歩いて逃げようと懸命になっている.その邪魔にならないためにだろうか,♂は後脚を上げている.腿を立てていて,時々脛も高く掲げるのだ.その間も腹部は側方に回りこんでガッツリ交尾したままである.


ハネナガフキバッタ 立体写真の見方

 後脚の腿節には肉が詰まっていて捕食者からすると美味しそうな部位であろう.脛節は肉が少なくトゲトゲしていて食べにくそうだ.鳥などに啄ばまれた場合,♂の後脚が多少とも防御や犠牲の役目を果たすのかもしれない.なかなか意味ありげな状況だった.

 油坂峠付近ではほかに,カレハグモの巣に良い感じで影が来ている図とか,イカリモンガの翅を立てた蝶的な吸蜜の図とかも撮影できた.少し降りた場所にある「蝶の水」は入り口の看板だけ撮影した.

- ヒビムシ秋編 2015年10月28日号 -

◆立体写真の見方◆

同じような2コマが左右に並んだものは「裸眼立体視平行法」用の写真です.
平行な視線で右の目で右のコマ,左の目で左のコマを見ると,画面奥に立体世界が見えてきます.
大きく表示しすぎると立体視は不可能になります.

色がズレたような1コマのものは「アナグリフ」です.
青赤の立体メガネでご覧ください.
メガネは右目が青,左目が赤です.
緑と赤の暗記用シート等でも代用できます.

別サイト「ヒビムシ Archives for 3DS」にはMPO版を置いています.3DSの『ウェブブラウザ』で「ヒビムシ Archives for 3DS」のサイトを参照してください.お好みの画像を(下画面におき)タッチペンで長押しすると,上画面に3Dで表示されます(数秒かかるかも).表示された3D画像ファイルは保存することもでき,『3DSカメラ』でいつでも再生することができます.

MPO版とは,複数の静止画を一つのファイルにまとめたもので,ここでは立体写真の左右像を一つにまとめたファイルです.3DSをはじめ,多くのmpo対応機器で3Dとして再生,表示することができます.PCやスマホ等でダウンロードできますので,各機器にコピーして再生してみてください.

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