ヒビムシ 4-07

春日町野瀬:ハイイロセダカモクメ

沢田佳久

 この秋編にぜひ収録したい虫があった.表題のハイイロセダカモクメ,その幼虫である.いろんな場所で見かける種だが,たまたま11月2日,撮影する機会があったので,今回はそれをメインに据え,11月5日に写真を整理しながら書いております.

 篠山盆地の北に栗柄(くりから)という所がある.篠山市に含まれる.ここも二回り小規模な盆地になっているのだが,地形が奇妙なことになっている.もともと北から南へ流れていたであろう川が,小さな峠を破るような形で西へこぼれているのである.水圏でいうと加古川水系の篠山川に注ぐはずの水が,由良川水系の竹田川に漏れている.瀬戸内海か日本海か,行き先が大きく違うのだ.
 源平の戦場である加賀越中国境の「倶利伽羅峠」と同じ発音で「栗柄峠」と書かれるこの峠は,かつて,もっと高かったと考えられる.しかし西側の谷の侵食によって低くなり,ついに川の流れを引き込むに至った.いわゆる「河川争奪」である.しかも栗柄の場合,結果として盆地の真ん中が陰陽分水嶺になっている.そんな珍地点が栗柄峠なのである.
 なお「くりから」の音は梵語由来らしく,峠付近に奉られている不動尊には「倶利伽藍」の文字が当てられる.
 で,この侵食の激しい西側の谷の麓にあるのが野瀬(のせ)の村である.行政区分から言うと「兵庫県丹波市春日町野瀬」にあたる.町村合併前の「春日町」の名前がそのまま生かされている.当時のアイデンティティーは「春日の局の春日」だった.
 丹波市は典型的な僭称市名によって,ある意味,有名になってしまった.律令制の丹波国は現在の京都府と兵庫県そしてすこし大阪府にもまたがる地域であって,国府や国分寺も亀岡盆地にあったと推定されている.現在の兵庫県丹波市が独占的に「丹波」を名乗る正当性はほとんどない.

 この日は篠山で用事があり,そのあと栗柄峠経由でこの谷の辺りをうろつく事にした.急峻な谷を通る県道69号線は近年,改修が進んでいる.そして旧道は格好のハイキングコース,に,なりそうなのに大部分が立ち入り禁止だ.不法投棄防止のためだろうが,残念な処置だと思う.
 県道の(立ち入り可能な)旧道を歩くと,昼までの雨でまだ草木が濡れていた.風もないが日差しも戻らず,思ったより虫の声が少なかった.一コマめは雫の残るお茶の花.ふつう和名はチャノキというようだ.どこかの茶畑から逃げ出して来たんだろうけど,近くに茶畑は見当たらない.雄蕊を全開にして咲いているのに,虫は来ていない.あまり期待せずに路傍を見て歩くことにした.

 ハイイロセダカモクメはヤガ科の種で,成虫はごく何の変哲もない地味な蛾だ.灰色で木目のような模様の,やや厚みのある蛾である.特筆すべきは幼虫の徹底した擬態ぶりである.
 上述のとおり,そんなに珍しい虫ではなく,現に今シーズンも近所の石井ダムで幼虫を二匹見つけて撮影している.そのときは掲載のタイミングにも合わなかったのと,まだその個体小さかったことで「泳がせておいてそのうち…]と,余裕をコイたのだ.数日後見に行ったら同じ場所にいた(10月11日).ところが次に行った時(10月24日)には影も形もなかった.あたたた.
 珍しくないとはいえ,簡単に見つかるわけでもない.このところ何処へ行ってもヨモギが生えていれば(たいてい生えている)ハイイロセダカモクメの幼虫を探すことにしている.今回もヨモギを重点的に見ていった.そして,やっと一匹遭遇.やれやれ.


ハイイロセダカモクメ幼虫 立体写真の見方

 ごらんのとおり,ハイイロセダカモクメの幼虫は,ヨモギの花の穂に非常によく擬態している.多くの他の種のように,なんとなく緑でも良さそうなものを,全力で似せている.葉でも茎でもなく花穂を,ピンポイントでディティールまで再現している.
 ハイイロでセダカなモクメ,成虫に基づいてひねり出した和名だ.もし幼虫との対応がついていていたら,もっと単純な「ヨモギハナガ」くらいになっただろう.
 発見した状態で何コマか撮ったあと,別の穂に乗り移らせて,いろいろと撮り直した.モデルさんに似合う穂に,という発想である.なるべく擬態の効果が利いた組み合わせで撮っておきたいわけだ.しかし今回の個体は既によく成長しており,この個体に合うサイズの花は見つからなかった.

 もう「次回」とする余裕はない.今日の分をハイイロセダカモクメの回とするしかない.ならば他にもいくつかネタを拾わねば.でも虫は少ない.予定外の展開にちょっと焦った.
 色づいたノブドウの実を眺めていて,やっと虫を発見.小盾板のハートマークで知られるエサキモンキツノカメムシ(秋編第四回で言及)である.実の汁を吸っていたのだろうが,今は活動休止中だ.
 動きは鈍いが敏感ではあった.数コマ撮ったところで歩行も飛翔もせず落下してしまった.周囲を探すと別に数個体が集合していた.ハートマークはどれも薄く,黄色というより乳白色だ.ここで育った兄弟姉妹かもしれない.
 エサキはハートということになっているが,ハートの図形であれば尖っているべき下端が,実際のこの虫では丸くなっているのが普通だ.今回も下端が鋭く凹んで,敢えて言えばリンゴマークみたいになっている個体もいた.写真の個体も下端が少し凹んでいる.


エサキモンキツノカメムシ 立体写真の見方

 エサキモンキツノカメムシに似た別の種に,和名の最初に「エサキ」の付かない,ただのモンキツノカメムシがある.マークの上部が凹まない事が識別ポイントなのだが,変異があるのでこれも当てにならない.両種が混生していることもある.などと考えながら見ていると,まさにその,ただのモンキもいた.
 国道の標識のような逆おにぎり紋.写真のようにマークも違うが,ただモンキのほうは体格が少しゴツい.前胸背の大部分が緑色で両側の尖り具合が鋭い.できれば両種を比較する形で同時掲載したいとの薄っすらとした希望も,これで実現である.ラッキー.そしてあとひとネタだ.


モンキツノカメムシ 立体写真の見方

 しかし夕暮れは近い.集落ちかくの農道を見て歩く.自転車の練習中らしい幼児に遭遇.不審者だと思われたくないので遠くから大きめの声で挨拶したら…返事を返してくれた.ひと安心.
 ベニシジミが翅を閉じて休止中なのを撮影.ルリシジミも翅を閉じて休止中なのを撮影.どちらも普通種だが写り方によっては魅力的である,そのうち載せようと思いつつ登場の機会がない.しかし今回も寒そうなこの姿ではもったいない.だめだだめだ.
 セイタカアワダチソウにしがみついたまま休止中のコアオハナムグリを撮影.前々回(秋編第五回)のアオヒメハナムグリとの対比で掲載しておきたい種だが,元気がなさすぎる.これもパスである.
 イシミカワも青〜紫の実をつけていたので撮影.ノブドウに似た色合いだ.フユイチゴの類いも小さな赤い実を付けているので撮影.額までくなっている.わざわざ赤くしているのではないか,秋の木の葉にみられる普通の紅葉とは動機がちがうのだろうな,とか思いつつ実を食べてみる.植物も写真としては綺麗なのだが.

 おなじヨモギでも,穂をつけているものとは別に,葉をぎっしり詰めて茂らせている株もある.このまま冬を越すつもりなのだ.そんなヨモギではヨモギハムシが活動していた.おぉ,超ド普通種だがヨモギつながりで今回はこの種を掲載しよう.
 葉の茂みに潜り込んで交尾しているペアを何組も見かけるが,基本的に凹な構図になってしまう.どれも撮影が難しい.ヨモギをつかんで良い角度で,とかやっていると,予兆なくポロリと落ちる.動きこそ緩慢だが,彼らはギンギンに活動中なのである.神経ビンビンなのだ.
 全然違うリスキーな場所で交尾しているペアを発見.雌雄の表情(?)が対照的な写真になった.ヨモキは写ってないけど,これを掲載しておくことにしよう.


ヨモギハムシ 立体写真の見方

 ちなみにコアオハナムグリは10円切手の絵柄だった.それが今年の二月に変更になった.40円のモンシロチョウも,やや馴染みが薄かった30円のベニシジミもである.通常切手の昆虫は全滅である.その日本郵政が株式上場と騒いでいる昨今である.

- ヒビムシ秋編 2015年11月18日号 -

◆立体写真の見方◆

同じような2コマが左右に並んだものは「裸眼立体視平行法」用の写真です.
平行な視線で右の目で右のコマ,左の目で左のコマを見ると,画面奥に立体世界が見えてきます.
大きく表示しすぎると立体視は不可能になります.

色がズレたような1コマのものは「アナグリフ」です.
青赤の立体メガネでご覧ください.
メガネは右目が青,左目が赤です.
緑と赤の暗記用シート等でも代用できます.

別サイト「ヒビムシ Archives for 3DS」にはMPO版を置いています.3DSの『ウェブブラウザ』で「ヒビムシ Archives for 3DS」のサイトを参照してください.お好みの画像を(下画面におき)タッチペンで長押しすると,上画面に3Dで表示されます(数秒かかるかも).表示された3D画像ファイルは保存することもでき,『3DSカメラ』でいつでも再生することができます.

MPO版とは,複数の静止画を一つのファイルにまとめたもので,ここでは立体写真の左右像を一つにまとめたファイルです.3DSをはじめ,多くのmpo対応機器で3Dとして再生,表示することができます.PCやスマホ等でダウンロードできますので,各機器にコピーして再生してみてください.

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