ヒビムシ 4-10

菊水山:ナカオビアキナミシャク

沢田佳久

 もう11月29日,例年に比べて異様に暖かい日が続いていたのだが,数日前から急に寒くなった.毎日のように近場をほっつき歩いているのだが,ここに何を書くか,何日の分を書くかで困っている.
 25日は中山大杣池に着いたとたん小雨が降り始めた.初見のカッコいい虫こぶを見つけたが,虫は少し撮っただけだ.26日は菊水山でツチグリがたくさんあるのを見つけ,植物や虫も撮った.27日に山田坂本いったらウラナミシジミはまだ健在,今日はやしろの森で今シーズンの初フユシャクを撮影した.しかしどの日に関しても,いまひとつ物足りない.
 書くべきことは,むしろそのことかもしれない.そんな季節になったということだ.いかにもアクティブとか,インパクトがあるとかの写真を並べようと思うと無理なのだ.渋めというか沈んだというか引けたというか,とりあえず居るのを見ただけとか,そういうのを混ぜないと成立しないヒビムシなのかなぁと.なので26日の菊水山の分を,地味に書くことにします.

 この日はカメラにちょっと細工して,その実験を兼ねて出かけた.絞りを赤緑の双穴にするという,半年ほど前に教えてもらった方法である.レンズを分解して絞りの部分に細工するのは恐いので,絞りを開放にしてレンズの前に自作のパーツを付加する.知ってすぐ試してみて,なるほど可能だとは思ったが,実際に使おうとは思わなかった.その後,取り付け方法を工夫して,やっと野外に持ち出せる状態になった.上手くいくと普段より近くで細かめの立体写真が撮れる.ただし撮像素子上に結ぶ像が最初からアナグリフ(赤青立体写真)である.

 今年の秋はコナラの色が鈍い.彩度が低い.良い年は森全体が柿色〜黄色になるのだが,今年はくすんだ褐色である.カエデの類は濃い赤になっているが,山全体で色とりどりな感じがしないのだ.しかし,とりあえず秋だし,植栽されたイロハカエデのある枝道に入ることにした.すると入り口で地面にツチグリがあるのに気づいた.辺りに数個ある.そういえば以前にも一個見つけた場所だ.あとでじっくり撮ることにし,奥に進む.

 イロハカエデは遠目には株全体,枝全体が鮮やかな赤に見えたが,近づくと小枝には枯れて乾いた葉がまじっている.近くで写して綺麗そうなカットを物色しているうちに,こんどは日向にフキバッタがうずくまっているのに気づいた.
 葉っぱと虫,もちろん逃げそうなほうから撮影する.ごく普通種のオマガリフキバッタの♀だろう.お腹が大きい.たしかに生きているが,生気が感じられない.ここ数日の寒気でアリとキリギリス的状態になっているらしい.撮影には好都合だ.おかげで新兵器をあれこれと試すことができた.その間も多少の反応はあるのだが逃げることはなかった.ジャンプすらできない体調のようだ.最後は新兵器をモデルさんの横に置いて記念撮影.
 生き残り感が漂う遭遇だったが,続いてその近くで♀を,あと二匹見つけることができた.一匹はジャンプした.けっこう深い秋まで産卵しつづけるのだろうと思う.


オマガリフキバッタ 立体写真の見方

 さて次は先ほどのツチグリ.植物にも「ツチグリ」があるらしいが,この日見つけたのは菌類のほうだ.しかしこのキノコ,奇妙なこと土から”生えて”いない.どのような過程を経るのか知らないが,ともかく現状では,それは土の上に転がっているだけなのである.軸というのか茎というのか,キノコ業界で正しくは柄と呼ぶらしいが,そういうのが見当たらない.ともかく撮影するには好都合である.適当に良い場所に転がして凸な構図で撮影できる.つついて胞子の煙が出た状態を撮ろうと試みたが,うまくいかなかった.

 元の道に戻って少し進むと行きつけのヤツデの株がある.都合の良い高さに花が咲き,よく虫が集まるのだが,花だけで虫は来ていなかった.カエデの紅葉から入ったので,この日はどうも植物に目がいく.ムラサキシキブの実,一回り小さいコムラサキもあった.
 たぶんサンショウの実も赤くなっていた.一部は割れて,黒い種が露出している.皮のごつごつざらざらした質感と,種のすべすべした艶の対比がいい感じだ.実ばっかり撮っている.

 イロハカエデが連続するあたりまで行って,一応,撮っておくことにした.枝におもしろい状況があった.雨で葉どうしが貼りついてしまい,日の当たり具合なのか冷気のそれなのか,重なった部分に紅葉具合の差ができてくっきり色が違っている,そういうトリッキーな部分があったので撮影した.天然の写真みたいな現象だと思う.これを撮って満足して撤収.


イロハカエデ 立体写真の見方

 ゆっくり帰っていると,後ろから人が追いついてくるのが声でわかった.しかし歩くスピードが遅く,なかなか追い越してくれない.挨拶のタイミングが微妙だ.神経の何割かがそっちにいってしまう.数人連れが大きな声で食べ物の話で盛り上がっている.海老チリか何かのとろみ話から,酢豚,天津飯.こちらの胃袋を直撃する.
 無事に追い越してもらったあと,たぶんサンショウだと思うやつの葉をあらためて齧ってみた.好い香りだ.この付近にはイヌザンショウもあるが,葉の細かいほうはイヌではないサンショウだと思うのだが,はっきりしない.
 高木のカラスザンショウの下には実が小枝ごと落ちていてキジバトがついばんでいた.地上にあるほうが食べ易いようだ.

 白いガードレールにベージュ色の蛾が三角形になって止まっていた.分かりやすく居てくれてありがとう.念のため一コマ撮ったあと木の棒を当てがい,乗り移ってもらおうとしたら落下した.そして落ち葉の上で翅を立てている.よく見ると細かく振動している.これはつまり暖機運転なのだ.緊急事態への対処として飛んで逃げるオプションが選ばれたようだ.飛ばれると困るので風を吹きかけると,やり過ごすオプションに切り替わったようだ.葉の上で三角形になってくれて,無事撮影.その場で種名はわからないが,地味な蛾だ,先日の呑吐ダムのとも似た感じ.
 しばらく行くと同じような蛾が飛んでいた,やや小形な感じもある.これは止まったところを撮影.
 帰って写真を見比べてみると二匹とも同じで,先日呑吐ダムで撮っているのとも同じ,ナカオビアキナミシャクだった.ガッカリ.そういえば挙動もほぼ同じだ.


ナカオビアキナミシャク 立体写真の見方

 名前どおり秋ならではの尺蛾,季節の虫といえるだろう.そしてフユシャクの類い(冬編第一回に詳述)には該当しない.雌雄とも翅があって飛べる,ふつうの蛾なのである.
 ナミシャク亜科なので,分類上はクロオビフユナミシャク(冬編第一回には短翅の♀のみ掲載)に近いことになる.しかし薄めでメリハリのない色彩はエダシャク亜科のクロスジフユエダシャクの♂(冬編第一回に掲載)に似た雰囲気である.

 麓まで降りてきて,また別の実に目がとまった.黄土色のヘクソカズラの実である.これはもう完全に枯れて乾いてきている.プチュッとつぶせば,屁糞というより純粋に屁に近い匂いがするはずだ.見るとその手前の蔓に芋虫が長くなって張り付いている.インパクトのある色合い,何度か見かけたことがあるヒメエグリバの幼虫だ.青黒い実は見あたらないが,こっちの蔓はアオツヅラフジなのだろう.芋虫は黒い体に黄色と赤の点々,派手というより洗練された色彩だ.


ヒメエグリバ幼虫 立体写真の見方

 撮影しようと蔓をあれこれ動かしているうちに起こしてしまった.上体を持ち上げて威嚇なのか防御なのか,ポーズをとっている.おぉアクティブ.ありがたく撮影.
 帰って調べると10月にこの場所でヒメエグリバの成虫を撮っている.えぐれた翅を縦に畳み,汚褐色の色とあいまって枯葉そっくりの姿をしている(気になる方はググってみてください).幼虫と成虫のデザインがまったく逆方向なのである.
 近い仲間に一回り大型のアケビコノハがあり,色彩戦略も似通っているように思える.異なるのは,アケビコノハの成虫には「派手な後翅で驚かす」仕掛けが追加されている事である.

 なお,撮れた写真を検討したところ,新兵器にはまだまだ改良の余地があることを実感した.

- ヒビムシ秋編 2015年12月09日号 -

◆立体写真の見方◆

同じような2コマが左右に並んだものは「裸眼立体視平行法」用の写真です.
平行な視線で右の目で右のコマ,左の目で左のコマを見ると,画面奥に立体世界が見えてきます.
大きく表示しすぎると立体視は不可能になります.

色がズレたような1コマのものは「アナグリフ」です.
青赤の立体メガネでご覧ください.
メガネは右目が青,左目が赤です.
緑と赤の暗記用シート等でも代用できます.

別サイト「ヒビムシ Archives for 3DS」にはMPO版を置いています.3DSの『ウェブブラウザ』で「ヒビムシ Archives for 3DS」のサイトを参照してください.お好みの画像を(下画面におき)タッチペンで長押しすると,上画面に3Dで表示されます(数秒かかるかも).表示された3D画像ファイルは保存することもでき,『3DSカメラ』でいつでも再生することができます.

MPO版とは,複数の静止画を一つのファイルにまとめたもので,ここでは立体写真の左右像を一つにまとめたファイルです.3DSをはじめ,多くのmpo対応機器で3Dとして再生,表示することができます.PCやスマホ等でダウンロードできますので,各機器にコピーして再生してみてください.

inserted by FC2 system