ヒビムシ 4-13

やしろの森公園:オオクモヘリカメムシ

沢田佳久

 平年より暖かい12月なのだが,昨日から急に寒くなって堪える.更に寒くなった今日18日は,やしろの森公園にフユシャクを探しに行ったのであった.

 園内にある木造の設備が老朽化してきており,いろいろな補修,修復が施されている.こちらとしては適度に朽ちて苔むしているほうがありがたいのだが,そうはいかないらしい.作り直しはともかく,表面を削って新しい風を装うことが試されていたり.その試みが一部だけで終わっていたりする.いろんな企業や団体やボランティアで資金や労力が加わるのは良いが,その事を顕彰するのにまた手間がかかっていたりする.運営の苦労を意地悪く偲びつつ散策するのである.
 そんな木製の手すりというか柵を見て歩くと,フユシャクが見つかる.今日も手すりを重点的に見て歩いた.
 手すりや柵や杭は木製であっても平面的な加工や木目が明らかに人工的である.虫の写真の背景としては美しくない.なので虫を見つけると現状のまま撮影したあと,可能であれば,落ち葉や枯れ枝に乗り移ってもらって,自然な背景で撮りなおすことが多い.

 活動している虫はもう,ほとんど見られない.大きなジョロウグモが網に陣取っていたが,反応は鈍かった.傷もなくよく肥えている.こんな状態なのは一匹だけだ.季節を間違えているのかもしれない.そうえばコバノミツバツツジ(株ごと)とモチツツジ(枝)の狂い咲きも見られた.
 今日のハラビロカマキリ♀は,死にたてだった.手すりの上にうずくまるような形で止まっていたので,良さそうな角度で撮らせてもらった後,触ってみるとやっぱり死んでいた.体はまだ柔らかく,複眼は緑色でぼんやりした黒点が認められた.裏向けにして前脚内側の紋様を撮影.まんまんちゃんあん.
 今日は活動的な虫が少ないため,残骸的なものが目にとまる.遠く夏の名残りのアブラやニイニイゼミの抜け殻が残っていたので撮影.
 比較的新しいツマグロヒョウモンの蛹の抜け殻もあった.中身があるときは金属的に輝く星が並んでいて美しいのだが,抜け殻だと星のところだけ薄くて白っぽく見えている.それも一応撮影.

 今日は田んぼの上のトイレが当たりだった.トイレの庇の裏にアシナガバチの巣の廃墟.高いところにあるので,柄の位置は確認できなかったが,今回のものは整然と六角形に発達しているので,ヤマトアシナガの巣だろうと思う(秋編第9回参照).
 トイレの軒下の砂地ではチョロチョロ動いているハチを見つけた.いやチョロチョロではなくノソノソだ.このテの蜂は触角を激しく動かしながらチョロチョロ歩き回って,すぐ飛び立って,敏捷に活動するのがいつもの姿なのだが,今日はのろかった.
 だが確かに何か活動中のようではあり,獲物の痕跡を探しているように思えた.この蜂には冬眠のスイッチが付いていないのだ.一昨日くらいまでは順調に活動していたんだろう,そして今日あたりが限界だ.残念ながらそうゆっくり付き合ってはいられない.いちおう姿だけを撮影して満足することにした.色彩パターンからフタスジヒメバチではないかと思う.


フタスジヒメバチ 立体写真の見方

 さて目当てのフユシャクだが,常連のチャバネフユエダシャク♀とクロオビフユナミシャク♀を一匹ずつ見つけて撮影した(冬編第1回参照).
 ナカオビアキナミシャク(秋編第10回参照)が翅を立てて小枝に止まっていた.刺激してもすぐには飛び立てないようで,細い棒に乗り移らせたり,幹に乗り移らせたりしているうちに翅を下ろして三角形になった.めでたく上面の紋様を撮影できた.さいきん蛾あつかいが上手くなった気がする.
 蛾自慢といえば,キノカワガを目視で発見した.今日のは難易度の高い状況だったと思う.コナラの太い幹の深い縦割れの樹皮に,みごとに溶け込むように止まっていた.見つけた自分を誉めてあげたい(冬編第3回参照).

 その木ではもう一件,虫を発見した.やはり樹皮の割れ目の奥,クヌギカメの卵があった.近似種が三種あって特定できない,正確に言うとクヌギカメムシ類の卵塊である.ゼリー状の粘液に包まれた細長い卵塊である.多くのカメムシ類の,大きめでドライで頑丈そうな卵が整然と並んだ感じとはずいぶん違う.うす緑色のスライムに埋もれた優しい形の瑞々しい卵のつぶつぶである.たしかロシア語だとこんなのは全てイクラだったと思う.そう呼んでみると美味しそうにも見える.


クヌギカメムシ類卵塊 立体写真の見方

 卵塊は他の場所の立て看板の隙間にもあったのだが,やっぱり樹皮のほうがいい.前回来た時に派手に色づいたお腹パンパンのヘラクヌギカメムシ成虫を撮ったので,それと関連する写真を撮ることができた.この卵塊もたぶんその種のものだろうと思うが,断定はできない.
 ちょっとググってみて,この卵塊についての最近の研究があることを知った.クヌギカメムシ類のゼリー状の物質は若虫の初期の餌であるとともに,共生細菌の受け渡しにも使われているのだという.生態的な観点からいうと,厳冬期に孵化して早めに成長,春の芽吹きの時期に既に大きくなった若虫が一気に成長する,前倒しの戦略を採るためのソコマデスルカ(「イカガナモノカ」の応用).

 昆虫にチャタテムシという一群がいる.種によって摂食の際に単調な小さな音を立てることがあり,これに因んで「茶立て虫」などという分かりにくい名前を当てがわれている.実態は,荒っぽく言うと「半翅目」の不完全なやつみたいな感じの小さなグループである.不完全変態で,翅さばきは半翅目に近いが,口が吸う口になってない.
 チャタテムシ類は「噛虫目」あるいは「チャタテムシ目」として,「鞘翅目」や「鱗翅目」と対等な「目」を名乗っていたが,その地位は微妙なことになっている.いわゆる半翅系の虫のうち,そのような旧式の口のものは現在,「咀顎目」とよばれるようになり,その咀顎目から特殊化したシラミの類を除いた残りがチャタテムシ類ということになり,それを分類単位とするのはイカガナモノカ,みたいな状況なのだ.
 ともあれチャタテムシ類はチャタテムシなのであり,一見してチャタテムシである.しかし,そうだとは分かっても,数十ある科のどれに該当するのかを判断するのは難しく,その先の種までの同定はとてもとても.小さくて地味だし,標本にすると縮んでしまうし,情報は少ないし,何か理由がないと調べる意欲が湧かない,そもそも標本を残す気になれない絶望的な虫である.
 ネット通称『ザ・チャタテムシ』というのがあって,これは専門家の見立てで学名が確定している一方で,チャタテムシともホンチャタテともナミチャタテともフタテンチャタテともザチャタテとも和名が明記されておらず,面白い状況になっている.専門家が写真を見て確信した最初の一件は良いとして,それに基づいてWEB上の絵合わせ同定されたものが「ザ・チャタテムシ」となってしまうのだ.そのことで逆に,同定の元ネタを明示する効果はあるのだが.
 そんな,お邪魔まチャタテムシが,今日はたくさん居た.少なくとも二種居て,ちゃんと翅がある成虫が同じ場所に複数個体たむろしていた.両方分かり易い斑紋があった.片方は雌雄二型が激しく,上記の「ザ・チャタテムシ」に似ている.もう一種はウロコチャタテ科の種だろうと思う.写真はたくさん撮ったが,標本がないのでこれで終わりである.園内は採集禁止なのだ.
 子供たちの採集体験のために育成していた大型甲虫を大人がごっそり採って行く,そんな事があったらしい.そこで昆虫採集禁止を宣言して子供の採集は黙認する,運用でごまかす事態になったのだろう.その結果,ファウナの正確な把握が阻害されているのだ.なんだか色々と残念.


オオクモヘリカメムシ 立体写真の見方

 標本をキープしなくても,写真だけで十分なものもある.オオクモヘリカメムシが今日の大物だ.これもトイレの近くの案内板のてっぺんにいた.温度待ちしていたのだと思う.しかし今日の気温では飛べそうにない.
 やはり人工物背景では味気ないので,前脚に枯れ枝をかざして巻き取り,近くのネムノキの幹に移ってもらって撮影した.歩きが非常に遅いのだが,こんな状態で大丈夫なのだろうか?
 これも冬の発見例をググると,照葉樹の葉上で静止している様子が何人もの方に撮影されている.主葉脈に沿って触角を揃えて伸ばす,という独特のポーズをとるようだ.
 オオクモヘリカメはその匂いで妙に有名な虫である.人によって激しく賞賛され,青リンゴの香りだとも表現される.その一方で,さほどではないとか,カメムシらしく普通にクサイとか,カメムシの中でも特にクサイとか,さまざまな感想がある.なので,見つけたら嗅ぎたくなるし,みんなに嗅がせて感想を聞きたくなる,そういう仕掛けなのだ.嗅がせキャラの確立というのか.
 筆者は美味しそうな香りだとは思わないが,他のカメムシよりはマシだとは思う.今回の個体はほとんど匂いを出さなかった.

 モンアワフキも居た.杭の上に止まっているところを撮影.やはり人工物を避けたい的な嗜好で,葉を差し出して乗り移ってもらおうとしたのだが,それは拒否してジャンプされてしまった.この技があると極寒でも緊急退避が可能なようだ.
 若虫期のアワフキは植物に止まって吸汁に専念している間,付近一帯に泡をまとって姿を隠している.だからアワフキなのだ.若虫のときでも無理やり取り出すとジャンプはできる.成虫は泡は吹かないが飛べる.そしてジャンプ能力も健在である.流線型の体は飛翔より跳躍優先の形状のように思えるが.


モンアワフキ 立体写真の見方

 22日が冬至である.天文的にはそれがピーク,日はふたたび長くなる.しかし最も寒くなる時期は二ヶ月ほど遅れてやってくる.年末は周期性とか循環とか,ちょっと抽象的な事を想う時期だ.周期は一年で,問題は位相のズレである.
 太陽と月の巡りが割り切れないため,人類は暦を作る上で苦労してきた.土着耕作派は太陽による寒暖,季節の巡りに,漁労通商派は月の満ち欠け,潮の満ち引きに生活を支配されている.落としどころはお日様ベースで日付をきざみ,その上に12ヶ月を割り振る方法であった,冬至を含む月が,年の終わりの12月である.
 イメージは時計の文字盤である.テッペンがXII.文字盤を四分割すると,ふつう,XIIを核にXI〜Iがユニットになると思う.ただし文字盤世界の「XII」は曲者で,そこから始まるヨ,という意味でしかない.直前まで11時59分なのだ.分でいうと四分割の第一ユニットは12時丁度を核に10時半〜1時半ということになる.冬至を12月の2/3あたりとして時計に当てはめると12時40分,時針で40分,角度で20度ずれている.
 一年12ヶ月を四分割する場合,「四半期」などとして,1〜3月を一つのユニットにするのが普通だ.しかしそれは冬か?という感じはある.同様に10〜12月のユニットが秋か?という事だ.この押し詰まった年末を秋とは言わない,異様に暖かくても既に暖冬なのだ.もともと四季の区分は曖昧だが,位相のずれが微妙だ.冬のコア,最寒日は1月末〜2月始めに来るのでズレは約40日だろう.四季を各120日として均等に割り振ると,秋は9月中頃から12月中頃になる.冬至は冬に含まれる,めでたしめでたし.

 昆虫標本のラベルに日付を書き込む際,ローマ数字がよく使われる.12月だとxiiとして,日と月を読み違えないようにするのだ.同じ理由で"Dec."と書く人もいる.ローマ数字の場合,2月のつもりでIIとすると11月と誤解されるので,小文字のiiでなければならない.
 と,どこかで書かねばと思っていた件を,けっきょく最後に木に竹を接ぐようにぶち込んでみた.ヒビムシ的にオーラスなので,まとめっぽい事を,とも思ったが,それは書かない.このヒビムシでは毎回4コマの付図を軸に文章を構成してきた.ただ最初の夏編第一回だけ2コマになっている.初回は毎回4コマのパターンがまだ確立してなかったのだ.
 季節のめぐり,循環がテーマであるこのシリーズの発想からすると,次に6ヶ月あけて2コマ分を書くことによって環が閉じるのではないかと思う.それらしい説明を発明したのであった.

- ヒビムシ秋編 2015年12月18日号 -

◆立体写真の見方◆

同じような2コマが左右に並んだものは「裸眼立体視平行法」用の写真です.
平行な視線で右の目で右のコマ,左の目で左のコマを見ると,画面奥に立体世界が見えてきます.
大きく表示しすぎると立体視は不可能になります.

色がズレたような1コマのものは「アナグリフ」です.
青赤の立体メガネでご覧ください.
メガネは右目が青,左目が赤です.
緑と赤の暗記用シート等でも代用できます.

別サイト「ヒビムシ Archives for 3DS」にはMPO版を置いています.3DSの『ウェブブラウザ』で「ヒビムシ Archives for 3DS」のサイトを参照してください.お好みの画像を(下画面におき)タッチペンで長押しすると,上画面に3Dで表示されます(数秒かかるかも).表示された3D画像ファイルは保存することもでき,『3DSカメラ』でいつでも再生することができます.

MPO版とは,複数の静止画を一つのファイルにまとめたもので,ここでは立体写真の左右像を一つにまとめたファイルです.3DSをはじめ,多くのmpo対応機器で3Dとして再生,表示することができます.PCやスマホ等でダウンロードできますので,各機器にコピーして再生してみてください.

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